日別アーカイブ: 2010 年 12 月 15 日

新文学03「革命×ネット×21世紀文化のエグいコンテンツ」

新文学03「革命×ネット×21世紀文化のエグいコンテンツ」(文芸空間社)¥800

「東浩紀のゼロアカ道場」出身のライトテロル系批評誌第三号!
90年代、資本主義の最終的勝利が喧伝され「歴史が終わった」と称された。そして外部なきゼロ年代に、電撃的に到来したインターネットのライトテロリストたち。彼らが21世紀文化のエグいコンテンツのなかに見出すのは、しょぼい現実か、アーキテクチャに管理された動物化か、それとも「革命」への決断か? ネットカルチャーとストリートカルチャーの交錯した時空間から、パフォーマティブな生の祭りが噴出し、新たな歴史が隆起する! アクセスせよ! これがテン年代新文学のグローバルスタンダードだ!

●第一章 特集 このコンテンツがエグい!——二十一世紀文化の七二選

一 サブカルチャーの二八選
【コラム】ハンギ「ゼロ年代のエグさについて」
ニ ネットカルチャーの一七選
谷口一平「星野しずるの犬猿単価:
hmuraoka「Togetter」
T-T「逆差別批判」と「有特会」—【動画】在特会の桜井誠ら、障害者の集団リンチ
【コラム】noir_k「ねっとコミュニケーションのエグさ」
三 ハイカルチャーの二七選

【論考】北守「『ゼロ想』への葬送——あるいはテンプレだらけの宇野常寛批判」
【論考】死に舞「ゼロ年代のロック音楽五選——ロックはずっと戦っていた!」
【小論】村上哲也「笑いとメタファー、キャッチャーとピッチャー」
【小説】章「らぶげっちゅ。」

●第二章 ネットカルチャー論集

【論考】海老原豊「市場×ケータイ=若者論」
【小論】辺見九郎「決断主義からリベラル・アイロニズムへ」
【論考】鈴木真吾「あの頃、テキストサイトブームと」
【小論】工藤伸一「インタラクティヴ・イノベーション」
【コラム】藤田直哉2世「「東浩紀のゼロアカ道場」を2年後から振り返る」
藤田直哉2世的必読・必見コンテンツ15選
【創作】esehara「Twitter文芸2」
【座談会】藤田直哉、シノハラユウキ、塚田憲史、杉田俊介「2ちゃん的思考形式の暴力と倫理」
【インタビュー】「タイ国美少女ゲーム『Re Angel』スタッフインタビュー」—美少女ゲームは国際社会に隆盛しゆくか
【座談会】赤木智弘×昼間たかし「ネットコミュニティの分散化」

●第三章 「革命」をめぐって

【コラム】広田有香「「麻生邸国賠」と街頭表現規制問題」
【座談会】藤田直哉、古澤克大「身体のテロルと情報のテロル——国家と革命の倫理」
【評論】中川康雄「アナキズムと生態系の想像力」
【座談会】中川康雄、古澤克大、北守、中西B「ニート×表現規制×南京大虐殺」
【短編】白石昇「多国籍擬似家族自動生成過程」
【座談会】ぺぺ長谷川、踏足いさみ、中川康雄「だめ連と動物化する二十一世紀」
【インタビュー】千坂恭二ロングインタビュー「革命戦争としての新左翼・ファシズム・ホロコースト」
【エッセイ】山本桜子「うさぎプロジェクト」

A5判230P

Takeo Yamada Paradiselost- Zine No1“Lungta”

Takeo Yamada -Zine No1 “Lungta” ¥2100

私がタケオさんとはじめて会ったとき、彼はローザンヌの前衛的な映画音楽祭LUFFで演奏を終えた直後のエクスペリメンタルな三味線弾きでしたが(その前にはオーストラリアでライフセーバーをやったりもしていたらしい)、その次に会ったときは小説を構想していました。そして、なんと、今度は、写真家になって手作りのzineを持ってタコシェにやってきました。しかも、そのzineはかっこいい出来映え! 内容についてはまず、タケオさん本人が書いた序文を引用しましょう。

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「ルンタとは、チベット語で「風の馬」。風に乗って祈りが広がるよう、祈祷旗に願いを込めて描かれた馬のことです。この写真集は希望をテーマとした作品「パラダイス・ロスト」シリーズの第一冊目で、北海道の根室半島に生息する馬を撮影した作品です。彼らは日清・日露戦争時代に、国策によって北海道の在来馬と大型馬のペルシュロンなどを掛け合わせ、最強の軍馬育成を目指して改良された馬たちの末裔です。終戦により不要となった彼らは農耕馬となり、その後農作業の機械化により食肉用として利用されてきました。現在は挽馬(ばんば)として北海道競馬で見られる馬のほか、根室半島付近に半ば野生化して放置された彼らの姿を残すのみとなっています。

ここでの馬のイメージは人間に利用され作られた非自然の存在でありながら、極限の自然環境で生きることを強いられながらも人間に安らぎを与える純粋な慈悲の存在でもあります。ミルトンは叙事詩「失楽園」のなかで、「安住の地を求め選ぶべき世界が、今や彼らの眼前に広々と横たわっていた。そして、摂理が彼らの導き手であった」と言っています。荒涼とした極東に追いやられながらも、摂理を受け入れて穏やかに暮らす彼らの姿は、幸福な住処の地であった楽園を離れ、エデンの東に希望を見いだしたアダムとイブの姿と重なります。

馬は人間の心を読むといいます。そこにはある種の精神的媒介としての素養が見受けられます。馬と人間との悠久の交感に思いを巡らせながら、馬が内包する安らぎと純粋さに身を委ねる時、そこに主体性から解放され、自意識が自然と融和していく時間が表れます。私たちが住処とするエデンの園よりさらに幸福な場所が見つかるとしたら、そのような時間から生まれるのかも知れません。」
———–
郷里の北海道の大地にひっそりと野生化しながら生息する馬たちにひかれた新進写真家は、その姿を写真におさめ、自らの手で一冊の美しいzineを作りあげました。クラフトペーパーにゼロックスでプリントし、ワックスペーパーと組み合わせ、文章ページを挟み込んで製本した100部限定の冊子。在来種の面影をのこす長毛の半野生馬たち、そしてその馬たちを作りあげた北の大地や吹きすさぶ風、流氷をたたえた海…。厳しい自然の中にいる馬たちの佇まいや曇り空は、クラフトペーペーの上の鉛がかった色調とともに確かな質感や寒さを伝え、このzineを貫く写真家のストイックな美意識にも共鳴します。

25.0cm×17.5cm 36P  100部限定 サイン入り

そして英文でしかプロフィールがみつからなかったのでそのまま引用しておきます。
Takeo Yamada    Profile
Traditional/Experimental musician and photographer Takeo Yamada based in Tokyo, also former Surf Lifesaving instructor in Surfers Paradise, Gold Coast(2000/AUS). Started his carrier as Traditional Japanese instrument, “Tsugaru-shamisen” player, and frequently accompanied by performances, musical events and dinner parties. Suffering from tenosynovitis, he quit all his musical performances in 2003. Shortly after he started involving in photography, as well as creating site-specific installations of his photographs, mixed with objects and texts, and video. His perceptive and seemingly effortless images evoke the satisfactions of harmony with nature, and some journalistic works puts your eyes on love over the war and politics. After 6 years of musical absence, he started experimental performance with traditional instrument. Recently he can be found collaborating with various underground artists in Tokyo, as Offseason, Atsuhiro Ito, Kuropipe Stardust and Anthony Bisset. Born in Hokkaido, Takeo Yamada currently lives in Tokyo, Japan.

なお、タケオさんがこのzineに収録した作品のうちから何点かを選び和紙にプリントしてくれたものを店頭にて展示しているので、お見逃しなく!