「ガロ」に人生を捧げた男 白取千夏雄「全身編集者」

白取千夏雄「全身編集者」(おおかみ書房)¥1500+税

伝説の雑誌「ガロ」元副編集長、故・白取千夏雄が語り下ろした半生記。

貸本マンガや紙芝居も残る少年漫画全盛の70年代の函館で、漫画の模写を得意とした少年は漫画家を志し、高校卒業後、専門学校に入ることを口実に上京。その学校で憧れのガロ編集長・長井勝一と出会い、編集部のアルバイトにスカウトされる。

伝説の材木会社の2階の編集部で、長井編集長のもと先輩編集者たちにまじって本の出荷や返品処理を手伝いながら実地で編集や営業をおぼえ、一通りの事をソツなくこなす器用さゆえに漫画家としての個性に欠けることに気付くと同時に編集の楽しさに目覚め、正規の編集者として働くことになる。

60年代に創刊、白土三平、水木しげる、つげ義春などを輩出した伝説の雑誌「ガロ」は、その後も、70年代から80年代にかけて、”へたうま”ともリンクしながら、日本のオルタナティブコミックの最前線を開拓するが、80年代後半から90年代にかけてバブルの中でその芸術性は、サブカルチャーの普及とともに他のコミックメディアにも伝播して、唯一無二の立場を失いかけ、発行部数が落ち込むなど困難な時代を迎える。

読者としてガロの黄金時代を体験し、その残光と衰退の中にあるガロ編集部で、ねこぢる、古屋兎丸、福満しげゆきなどを発掘し、立て直しをはかる過程は、当時の出版界の様子やガロの存在感とともに、その中で奮闘する青年の躍動感に満ちています。

プライベートでは、ガロ編集者時代に、担当だった17才年上の作家、やまだ紫と結婚。
経営が厳しかった青林堂がコンピュータソフト会社の傘下に入ることから次第に生じた様々な亀裂、そして分裂騒動、ガロ休刊という激動を経て2005年には症例が稀少な癌がみつかり、1年未満の余命宣告を受けることに。

長年の闘病の過程で、最愛の妻で漫画家のやまだ紫が急逝。
その後、彼女の作品の復刻に奔走するほか、埋もれた漫画作品の発掘と出版を目指す青年=劇画狼と出会い、編集や出版の指南役として亡くなるまで編集に捧げた人生の軌跡が綴られている。

2015年11月~12月・2016年3月に京大病院での総合マンガ誌キッチュ編集部とおおかみ書房編集部が行った合同インタビューを元に著者が本文を執筆し、2017年の著者の死後、おおかみ書房編集部が著者ブログ「白取特急検車場」を元に加筆・校正したもの。
最後に、青林堂の分裂騒動の渦中にいたもう一人の人物、コンピュータソフト会社の社長だった山中潤氏が別の視点から振り返った騒動の顛末を綴っており、あわせて読むことで、著者には見えてなかった舞台裏が明かされることに。。。。

80〜90年代、バブル崩壊後の出版業界、ネット黎明期の様子が伝わる貴重な資料。
表紙は古屋兎丸。

A5判178pages