ミニコミで振り返る 1998年

前回97年で紹介した、ショートカットは本誌の他に、98年までに松沢呉一、index、esp、チキン、ラフエディット、TODAYと、テーマやアプローチによって、様々なモジュールを生み出し、発行を加速してゆきます。また、ショートカットに刺激されて、大谷能生、大和田洋平、赤坂宙勇ら横浜国立大学の学生たちが編集・執筆をした音楽批評系「espresso」の活動も盛んになり、当時から現在にいたる批評シーンでのショートカットの影響力を改めて感じます。

ベスト5のつもりが6つ

萬

沼田元氣がビジュアルをプロデュースした「ゆとり文化機関誌」。路上観察的にレトロモダンな建物を見聞したり、温泉や和みのマスコット、古い商標などにスポットをあて、昭和の大衆文化の巨頭、町田忍、串間努の寄稿や、現代美術からは会田誠、小沢剛が参加した、総合誌。海月の写真の折り込みポスターなども入っていました。萬は5号で終わり、これとは別に“廃墟”をテーマにした増刊号「廃墟の魔力」を発行。編集の田端宏章は、その後、町田忍監修、大沼ショージ撮影の写真集「二十世紀銭湯写真集」や「会田誠作品集」柳原良平作品集「Ryohei Yanagihara」などを手掛けることになります。2002年5号まで納品。(350円〜1000円)

EATER 5

EATER

78年に巻起こった日本のパンクロック・ムーブメント「東京ロッカーズ」以降、カメラマン、マネージャー、イベンター、インディーズ・レーベル(テレグラフ・ファクトリー)プロデューサーとしてシーンに関わってきた地引雄一が発行するコアなカルチャー誌。95年に創刊し99年までに7号を発行(800円)。98年にもっとも売れたのは5号で若松孝二、遠藤ミチロウ、灰野敬二、芥正彦、山崎春美、サルヴァニラ、青木マリ、根本敬、 佐川一政らが登場。

車掌18号 特集41個(41個の特集の集まりになっています。500円+税)

詩人塔島ひろみが78年に創刊し、2015年現在まで続く、老舗的な“バカ実験のワンテーマ・マガジン”。表紙の号数を記すにも、色弱の人にしか読めないモザイクで表現したり、「尾行」をテーマに町中の一般人を同人たちがひっそり尾行したり、日本でもっともポピュラーな姓である”鈴木”に注目して、様々な鈴木さんを観察したり、ご長寿の双子の姉妹「金さん銀さん」にちなんで金と銀の双子の冊子を作ったり…。時間とお金が余っているわけでないのに、実用や効率とはかけ離れた企画を、数ヶ月〜数年の月日を費やして取材、編集する、まさにミニコミスピリットにあふれた冊子です。これまでに本誌24号を発行、車掌文庫として塔島の育児日記的な「二十世紀の終わりの夏、私はこんな風に子供を産んだ」「大安の日はあんぱんを食べる」などのシリーズがあります。

ウメズム

ウメズム vol.1 おろち 1000円+税

楳図かずおファンクラブ最初にして最後の会報。「おろち」掲載時の扉絵などをカラーで収録し、作品と解説とあわせてその魅力に迫った充実の内容で、貸本時代の作品「歯」も再録。資料性が高い、ファン必携の一冊で、他の作品の号も期待されましたが、訳あって1号で終わりました。

畸人研究

現在は定食評論家として知られる今柊二が、黒崎犀彦、海老名ベテルギウス則雄と3人で結成した「畸人研究学会」が、95年から発行する機関誌。常人の理解が及ばない「俺」世界の住人たちを、フィールドワークにより発掘し紹介しています。自宅を要塞にしたり、路上に数列をチョークで延々と書きつらねたりする市井のクリエーターたちをレポートします。現在、「帽子おじさん」としてアール・ブリュットのジャンルで活躍する宮間英次郎さんも畸人研究が見いだした才能の一人。その研究は、「定本 畸人研究Z」(ちくま文庫)、「畸人さんといっしょ」(青弓社)など単行本にもなり、2010年の29号以降、本誌の発行はなく、2012年より都築響一の「Roadsiders’ Weekly」でスピン・オフやその後の研究が不定期に連載されています

中洲通信 98年3月号

中洲通信 500円

福岡の中洲のバーが発行する盛り場情報を盛り込んだタウン誌ですが、映画、音楽、スポーツ、演芸、から サーカス、チンドン屋、見世物までを号ごとに特集。発行元であるバー「リンドバーグ」のママ藤堂和子は、祖母、母と三代にわたるママ業だそうで、母親が竹中労や父親の竹中英太郎と懇意だったことから、中学時代から竹中に会っていたとそう。そんな夜の社交界の人脈と教養が背景になり、力道山、お笑いトリオ、ゴジラ、大泉章、金子信雄、スズキコージ、江頭2:50、GS、高田渡、マルセ太郎、田辺一鶴、水森亜土、東君平、竹中労、寺山修司、エンケン、楳図かずお、南方熊楠、野坂昭如、森達也…といった人物や特集が登場しました。

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98年は、前年に神戸連続児童殺傷事件(いわゆる酒鬼薔薇聖斗事件:97年5月に神戸市須磨区の中学校正門に切断された男子児童の頭部が放置され、その口には酒鬼薔薇聖斗を名のる者からの犯行声明が挟まれいた。翌月、14才の少年が犯人として逮捕され、写真誌FOCUSにその顔写真が掲載されるなど、マスコミがこぞって報道した)や東電OL殺人事件があり、エリートOLや14歳の心の闇が取り沙汰されていました。タコシェにも警察の見解に疑問を呈し、犯人の少年の冤罪を唱える「神戸小学生惨殺事件の真相」という冊子が持ち込まれたりもしました。現在なら、こういうのってどこからともなく?SNSで情報を拡散させる時代かと思うと隔世の感があります。

インターネットに発信・交流の場が移行する以前、今より自費出版が盛んだったジャンルがあったように思います。たとえば、セクシャルマイナリティ系。まず「KICK OUT」はゲイミニコミで、カミングアウトについて、海外・地方のゲイ事情などの特集がありました。「動くゲイとレズビアンの会」が東京都の宿泊施設の利用を拒否された”東京都青年の家事件”の二審で勝訴したのが97年で、プライドパレード(2000年〜)に先立つ「東京レズビアン・アンド・ゲイ パレードが始まったのが94年、古橋梯二がホモセクシャルでHIVポジティヴである事をカミングアウトしたDumb Typeのパフォーマンス「S/N」が95年の彼の死を挟んで92年から96年にかけて上演されました。LGBTであることが、現在よりもずっと社会と向き合わざるを得ない時代だったと思いますが、そのぶんメディアは大きな役割を担い、未来を見据えていたように感じます。アメリカのLGBT向けの情報誌OUT(92年創刊)に和訳の冊子をつけた日本語版のディストリビューションを二丁目の女性専用バーGold Fingerの小川チガが行ったり、性同一性障害の虎井まさ衛が「FTM日本」を発行していました。ジャンルは違いますが、女装愛好家たちの「ひまわり」、おむつマニアの「ベビーメイト」も、大好きなコスチュームに身を包んだ愛好家たちが写真や想いを盛んに投稿していました。

また、最近の旅のミニコミもしくはジンは、旅のスクラップブック的なものや、写真をふんだんに取り入れたものが増えていますが、当時は「旅の雑誌」「地図と遊ぶ」といった、旅の行程を記録したり情報発信・交換タイプがほぼ定期的に刊行されていました。また、古書店さんから目録のお取り扱いを依頼されることもあったのです。