2004. Feb      トップへ

  by Ayumi NAKAYAMA


●04.02.18 お休みの日、美篶堂にゆく
 ブロードウェイは全館休業でタコシェもお休み。ふだん店に出てなくても、お見せは営業していると思うと、電話がかかってくることもあるし、申し送りがちゃんと伝わっているかな?とか心配もあるし、逆にお店が休みのお正月でもひそかに店の中で準備をしていることもあるけど、こういう全くのお休みというのは、ホッとするものがあります。
 神田の湯島の聖堂の前に昨年オープンした美篶堂さんのショップに行ってみました。アートブックや特別な本の製本を行う工房、美篶堂さんがオリジナルのノートやアルバムなどの文具を展示・販売するために設けたスペースで、ギャラリーを併設していて絵などの展示も行うし、簡単な製本ワークショップも行っているのです。タコシェでも商品の一部を置いてますが、こちらは直営のお店なのでたくさんの種類、新商品がきれいに展示されてます。ノートなど基本的な大きさや形を変えずに、使いやすいように紙を変えたり、少しずつ改良が加えられたりヴァリエーションができてきている様子。ご家族を中心とした工房ならではの、意思疎通の速さやこまわりのよさを感じます。今後、どんな商品が登場するか楽しみです。

●04.02.09 日付は前後するけれど…
 キング・オブ・カルト石井輝男監督の「盲獣vs一寸法師」の試写会に行く。タコシェでは石井監督のシナリオやパンフをお取り扱いしているが、ロングセラーとなっている人気の監督なのだ。
 昼下がりの暖かく暗い試写室は眠りを誘うものだが、そんな夢心地の中に展開される猟奇な映像…。 コンピュータによる映像処理が盛んな現在で、セットや装置の存在感を見過ごすことのできない作り込み方…。原点回帰とでもいう印象でした。

●04.02.11 冬の三番瀬
 朝、千葉の三番瀬に鳥を見にゆく。東京と幕張のビル郡に挟まれた遠浅の海に何万羽もの鴨たち。東京湾にもこれだけの鳥がいて、その鳥たちを養う海草や貝があるのかと思うとすごい。(写真は潮がひいて砂浜に出来た模様。これが延々続いています)

●04.02.07 湿度と絵の関係
 トレヴァー・ブラウン氏のヴァレンタイン・フェア初日。なんとトレヴァーお手製の木製の額が、タコシェの中がたいへん乾燥しているせいなのか、ひどく歪んで絵がはずれてしまった。持ってきていただいたときは何でもなかったのに、前日に飾りつけて一晩おいていたら変形してしまったのだ。展示の最初は、まっさきに全作品をチェックしたいという熱心な方がみえることが多いから、絵をしまうわけにはいかない。応急処置?で絵を裸で展示。ひどい荒技である。その後、トレヴァーがやって来て、額を見て、やはりびっくり。でも、すぐに修繕してくれたので、かわいい額におさまって展示ができるようになりました。

●04.02.06 不通
 昨日、コンピュータを無理な形で止めたのがいけなかったのか、メールの送受信ができなくなってしまった。いろいろと調べた結果、もう一度、書類を提出して設定し直さないといけないことになり、このぶんだとメールは10日間ほど送受信できそうにない。というわけで、皆様にはたいへんご迷惑をおかけいたします。とりあえず臨時のアドレスでご連絡や通販を承っておりますので、よろしくお願いします。
taco_che2@yahoo.co.jp

●04.02.05 胃カメラ
 昨年の晩秋から、私はノドは違和感を抱えていた。はじめは「おや」という感じだったものが、次第に、鈍い圧迫感が常につきまとい、飲み下すときはつかえた感じがする。よからぬ兆候。さらに体も衰弱してきているのか年中眠い。先月には久しぶりに会った従弟に「やせたんじゃない?」と言われ、私は内心、重大な病気ではと密かに不安に怯え、そうであった場合の段取りを妄想する日々を送っていた。年末には耳鼻咽喉科で内視鏡検査を受け「何もない」と言われたが、いんや何もないはずない!と、一ヶ月後の今度は食道と胃の内視鏡検査と血液検査を申し込んだのであった。
 生まれてはじめて飲む胃カメラ。マッサージチェアに座らされ液状の麻酔を飲み、筋肉を弛緩させる注射を打つ。そうして寝台に移動し、口にSM器具のようなものをくわえ、管を送りこまれる。しかし、歯ブラシが口の奥にあたっただけでもむせてしまう私は、管が入るなり何度も吐きそうになる。看護士さんたちに「中山さん、息をして、息を!」と声をかけられ、背中や肩をさすられ、握りしめた拳をほぐされ、もうたいへん。臨終と出産が同時に来たようなそんな大袈裟な状態。しかし、体は無意識に抵抗してしまうようで「舌で管をとめない! ゲーをするとよけいに苦しくなりますよ〜」と先生からは注意を受ける。オエッをすると、気泡が出て内部が見にくくなるようで、管に水を送り気泡を流す。先生は上にもちあげた管から水を流しこみ、その流れ込む感触が腹の中から伝わってくる。なんだか、雑誌や井口昇君のビデオで見た浣腸プレイにも似ている。勘弁して…、これじゃSMだ…、私は痛いのや寒いのが苦手、Mじゃあないんです…。それでも先生が「モニターを見てください」と言うので、涙目でモニターを見上げると「これが胃です。きれいです。こういう胃にはピロリ菌はいません!」と説明をはじめる。さらにカメラは移動し、私からの強いリクエストにこたえ食道を丹念に見る。「どこにも何もありません」。ただ、、内視鏡を飲むときに抵抗したらしく、喉の入り口に傷ができていた。検査の後、先生は「傷はほおっおいても治ります。問題なしです」と退室を促した。杞憂であった。一日中眠いのはただの怠け病らしい。思いがけない形でのSM体験であった。

●04.02.03 光開通
 タコシェが入っている中野ブロードウェイビルがマンション用の光フレッツに加入したため、タコシェも利用申し込みをした。今日はその配線工事の日。当初、NTTは午前の工事を提案したが、なまけ者の私が「店は12時からですので、朝一は勘弁してください、午前の遅め」などと自分勝手なことを言い、本来、朝9時から待機してなくてはいけないところを「11時頃に…」などと決めてしまった。それで10時30分頃から工事を待っていたのだが、なかなか担当者がやって来ない。もしかして、すでに来てしまったかしら? とわがままを言ったせいで…と後悔したり、不安になる。12時を過ぎても工事の人は来ないので、電話で問い合わせたところ、前の工事が長引いて遅れているとのことだった。1時過ぎには到着するとのことなので、安心してそのまま待つことに。それでも気がつけば2時。店員の中沢に「もう2時だよ〜。遅いねぇ」「いつ来るのかねぇ〜」など時計を見るたびに喋らずにいられないので、そのつど中沢も「そうですねぇ」、「遅いですねぇ」などと相槌を打っていたが、私の騒ぎように疲れてきたのか「さあ4時くらいになるんじゃないんですか」などと言い出す。しかし、その4時になっても工事は来ず、中沢も私に「昼ごはんは食べないんですか」と心配したりする。そう、うっかり食事に出たりおつかいに行ってる間に工事が来てはいけないからずっと待機していたのである。心配されたのに甘えて、軽食を外に買いに出て店の中で食べるが、それでも工事は来ずに、待ちくたびれた私は「もう光フレッツなど来ても来なくてもどうでもいいや」という境地に達してしまった。しかしそれがいけなかったのだ。ここでガツンと「いつまで待たせんだよ!昼前から飯も食わずに待ってるんだよ」と文句の一発でも電話で言っておけばよかったのだ。なんと、私が諦めきっている間、工事の人は隣の店で、光フレッツを開通させていたのであった。工事が終了して書類にサインをもらう時になって気づいたらしい。NTTから事情説明の電話を聞き終えたとたん、工事の人があわただしく隣から駆け込んできて詫びたと思ったら再び出て行く。そう、今度は隣の光フレッツをはずす工事だ。そうやっていろいろあって夜、ようやく光フレッツが開通した。待ちくたびれたけど、NTTからの再三重複してのお詫びや事情説明の電話、工事の人の平謝りに、3度くらい吹き出しそうになるのをこらえるのに苦労した。

●04.02.01 宮沢賢治ワールド
 自分の周りに、宮沢賢治やその作品を愛し、彼の生き方をや理想を継承し日常で実践する人たちが少なからずいることに驚いている。たとえば、劇作家の宮沢章夫さんの作品には賢治を連想させるケンジという登場人物が出てくるし、平田オリザさんの戯曲の中にも作品の一節が引用されたりする。理性的というかストイックな彼らが作品の中で素直に賢治への敬愛の念を表しているのはちょっと微笑ましい。あるいは、賢治の理想郷の名前をそのまま店の名前にした喫茶店で心安らぐひとときを過ごさせてもらうこともある。死後、こんなに人々の創作や生活に影響を及ぼす作家をほかには知らない。最近では、私の植物観察の先生や自然観察の先輩が賢治研究家でいて、一緒に木立の間を歩いていると、賢治の言葉を絶妙なタイミングで口にする。春に向けて、葉を落として木々の枝がひそかに葉や花の芽を蓄え膨らみはじめるこの時期、栃の木の芽を眺め「賢治はあれを、あかいフウロウ細工って言ったのよ」と教えられる。そう言われてもう一度、眺めると、芽をつけた枝は立派な燭台のようで、先端の芽は赤く膨らんで光にピカピカ輝いて蝋のように見える。岩手の豊かな自然が賢治の作品の背景にあり、その豊かさは東京に生まれ東京に育った私には想像が及ばないもののように思いこんでいたし、賢治の質素に理想を実践した生活は、食いしん坊で怠けものの私とは対極のようで、無条件に「すんません」と敬遠していたように思うのだが、そうやってナヴィゲーターを得て、賢治の言葉に触れてみると、その豊かな言葉と想像力に都会の街路樹の一枝さえもが雄大な自然の一片として生き生きと見えてくる。銀座を歩いていても、そこには無数の赤い蝋燭が木々に灯り、イーハトーブにいる気分になってくる。



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