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- ●03.01.29 努力の人
- 別役実が、以前、雑誌でこんなことを書いていた。同時代で活躍する人をたとえば、モーツァルトとサリエリ、長島と王のように対比して挙げるとき、そこには天才と努力の人のような構図があり、えてして努力の人は天才にかなわないと結論されがちである。志ん生と文楽の場合もそうだが、実際に別役さんが生で見た二人の名人の時代はそうではなかった、と。別役さんが体験した志ん生と文楽の時代とは、努力の人・文楽師匠が天才・志ん生の域にせまり、おいつき、それを見事に凌駕した奇跡の逆転劇の時代だったのだと。
- その意味でいうなら、私にとって現在の努力の人は宮沢章夫さんだと思う。もちろん宮沢さんは才能の人でもある。しかし、常に新しい目標を設定し、ときには自分の得意手を封じたり自分の作ってきたものを壊しながら新しい表現を作ろうとする。その試行錯誤はときには、課題を残すときもあるし、十分に表現しきれないときもあると思う。でも、確実に毎回変わる意志を持ち続けて、これまでの実績に頼らずに、現在のありように誠実に表現をする努力の人は、実はとても少ないと思う、まして、それは長い期間続けられる人は希だ。
- その宮沢さんが久々にまた舞台を作った。これまでとは全く違う舞台を。意志を感じた。これまで以上に強い意志を。
- 私はこの姿勢が好きで、作品を見続けている。同じ時代にその作品を見続けたり、変化を感じる刺激を得られるのはとても幸せなことだし、こういう作家は数少ない。
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