Diary 2002.12  トップへ

by Ayumi NAKAYAMA



●02.12.30 赤い牙
 今年最後の営業日。おかげさまでなんとか2002年を無事終えることができました。ありがとうございます。
 閉店時間近く、いきなり「こんにちは〜」とハイテンションでどやどややってきた男3人。見れば古屋兎丸さんが段ボールをかかえて仲間といっしょに「納品にきました」と言う。
 ときどき飲んだりしている漫画家仲間で盛り上がり赤い牙なる集団を作り同人誌を作ってコミケに参加するんだ、と盛り上がり、その通りに夏コミに参加してしまった彼ら。さらに、仲間もページ数も増えた2号を作り、今日は冬コミに参加した帰りらしい。どうりでテンションが高い。会場でも好評だったようで機嫌がよいのだ。帰りにタコシェに寄って一部を納品してくれたわけである。
 文化祭の高校生みたいに元気にやってきて段ボールを置くと、仮の納品書を作って、私が接客してる間に打ち上げに急ぐのか去っていった…。
 でも、こういう突然の訪問、サプライズは嬉しい。何かを作ったときに思い出してもらえるのもお店をやっている喜びかもしれない。

●02.12.28 みえない雑誌と花
 タコシェは開店してすぐから自主制作の本やカセットなどをお取り扱いしてきたが、10年ほどの間でミニコミ環境も大きく変わり、当然その内容や質も大きく変容したと思う。表現欲求の一部はwebに移り、そこでの情報発信や交換で満たされ、表現というよりは出版という面倒くさい手続きへ注ぐ労力やお金を省く傾向も出てきたと思う。
 そうした中で、私は、フェイドアウトして連絡のつかなくなったミニコミの処置などして、数年前の作品を手にとることもあれば、家にあるものをときどき見直すこともある。
 最近、たまたま「みえない雑誌」の花特集を見直して、久々にwebでは味わえない、ミニコミならではのエネルギーを感じた。商業誌では見たことないような、花に関する特集で、日頃、花に無縁の若い男性編集人たちが、知り合いに聞きまくったり、体力にまかせて愚直に原宿・渋谷界隈を歩き、路地を入ったところにあるいい風情のお店を探し出し地図にしたり、こだわりのある花屋さんに伺い取材をしたもの。美しい花のグラビアや花の説明はなく、花にかかわる人や花を愛する町の花屋さんや農家の人たちが丁寧に尊敬のまなざしをもって取材されていて、花へのひたむきさと花を愛する人へのいとしさがしんしん伝わってくるような特集。
 雑誌に多くの人たちが集まり、企画・取材から出版までの時間がつまっていて、まるでお芝居を見るような、そんな熱気を感じた。
 数年前に出たものだけど、吉祥寺の花屋さん「4ひきのねこ」の記事も出ていたので、本を鞄に入れたまま吉祥寺に出て、お店に行ってお正月用の手作りの飾りを買い求めてみた。こうやって鞄に入れて一緒というのもやはり本の嬉しいところ。ともすると急にnot foundになってしまうwebと違っていつまでもその形のままで鞄にも入れることができるのがやっぱり、いい!
 お飾りはお店に飾ってみました。美しいお花とともに、新しい年をお祝いし、お客様をお迎えしたい。

●02.12.27 お正月郵便事情
 夜12時すぎに中野駅から電車に乗ろうとすると、向こうから見覚えのある青年が。よく知っているはずだけど、はて…しばらく考えて思い出した。集荷に来てくれる郵便局の方だ。制服姿しか見たことがなかったからすぐにピンとこなかった。
 終電ギリギリまで仕事をしていたそうで、「やっぱり年賀状?」と聞くと、それだけじゃなくて、お休みに入る前に一般の会社の郵便物やDM類も配達日を指定してまとめて預けられるため、郵便局は荷物にあふれかえった状態になりその中で作業に追われるという。「封書の年賀郵便とかもあるから間違えないようにたいへんです」。それを聞くと、官製葉書で出してあげたい気持ちになる。あとオフピークみたいに、さっさと年内に届けたり、3月ごろ出してみたりして正月を分散させるのもありだ。というか。私はまだ年賀状用意していない…。

●02.12.22 クリスマスもうすぐ
 マユタンのお宅のクリスマスパーティに。50人以上(赤ちゃんたちを含む)の人が広間に集まり、鍋やカレーやクリスマスケーキを食べ、プレゼント交換大会を行う(そしてマユタン、少し歌う)。赤ちゃんたちから若いエネルギーをもらい、マユタンと準備係りの行き届いたおもてなしのホームパーティは、小さい頃のクリスマス会を思い出す雰囲気。
 タコシェにも、クリスマスカードやクリスマス豆本?が届き、嬉しい気分。(写真手前は赤のサンタ帽子をひらくとモミの木になったページが出てくるベルつきの豆本、すごく小さくてかわいい)

●02.12.20 胸の痛み
 最近、胸の奥が痛み、背中や肩にも痺れや痛みが出て寝起きも苦しいし、喉の具合も悪くなってきたので、これは肺がおかしいに違いない、しかもこれほどに自覚症状があるということは、ひどく重症に違いない、と思い、不安な気持ちでいた。
 書店で恐る恐る医学の本を読みさらに不安になり、たまたまつけたテレビでも肺の疾患について説明しており、ついに眠れぬ夜をすごし、ピーコの闘病記ほか、いくつかの闘病記にまで目を通し、少しは励まされ、現実を直視して病気と向き合うことにして、さてどこの病院にかかろうかと考えたところで、これまで大きな病気をしたことがないので、いざというときどこへ行ってよいかわからず、病人歴の長い弟が通っている某国立病院に行くことにした。
 家族や友人・知人には話さず、ひとりで不安におびえつつ、たとえ何を言われても動揺すまいと心に決め、病院へ出向く。
 駅から降りて、バスに乗ろうとするがみつからず、タクシーを拾うことにした。向こうから黒いタクシーが近づき不吉な気分になり、後から来た赤いタクシーを拾う。さらに病院の入り口では、遺体を運び出す黒いバンとすれ違いますます気分は沈む…。そして受付では、呼び出し番号をとばされ、(ああ、病気で生気がなくなったせいで番号までとばされている…)と落ち込みつつ、内科で診察を受けた。
 医師が「胸部レントゲンは最近撮りましたか」と訊くので、高校生のとき以来とってないような…と思い「まったくとってません」と答えると、血液検査をしてレントゲンをとった上でその写真を持って戻ってくるように指示された。
 レントゲンを撮り、待つこと2〜3分、技師が写真を持って出てきて名前を呼ぶ。私が写真を受け取ると「中山さんで間違いありませんね」とマジ顔で念を押したので、また、不吉な気分になる。
 内科に戻り、レントゲンをライトテーブルに置いてみると、肺全体に何か薄い網みたいなものや影があるような…! しかし、医師は言った。
「全く問題ありませんね」
(え! この網や影は何なの…よく見てよ!)
「それから、これ骨ですけど。ほら、すぅご〜く、きれいでしょう!」
「あの、じゃあ、私の胸や背中の痛みは、ただの気のせいってことでしょうか?」
「咳で骨にヒビが入るようなこともあるから気のせいということはないでしょうが…。今後は、激しい痛みや黄色い痰が出るとかいうようなことがあった場合に来てください。痰どめ出しておきますね」と言われ、退席を促されたのであった。
 えー! 何でもない〜!?
 何か生き返ったような、生まれ変わったような気分〜。病院を出て、飯屋に直行してもりもりごはんを食べてしまった。(数日前から心配で食欲もなかった)もう、何もかも、寒さや荷物の重さですら嬉しい気分。これを機に少しは改心して暮らしたい〜。
 こんな風に不安に襲われ、あることないことを想像したときは、シェイクスピアの「マクベス」を思い出す。予言におびえるマクベスは、動かないはずの山が動くとき自分が破滅すると思いこみ、敵の兵士の軍団がやってくるのを見て山が動いていると錯覚し、自らを破滅へと追い込んでゆく。シェイクスピアなんて必読書として読んだだけだったのに、マクベスはいつしか我が隣人…。

●02.12.19 artmania
 CLOVER BOOKSが創刊するARTMANIAが21にはタコシェに届くはず。ARTMANIAはその名前の通り、CLOVERBOOKSの平林享子さんの信念や審美眼が選んだ美術や作家を有名・無名にかかわらずにじっくりとりあげ紹介しようというミニコミ。ご本人は書評のメルマガに
「編集の仕事にたずさわって15年、雑誌では「ブルータス」「太陽」(休刊)などの編集にフリーランスとして参加してきましたが、既存の雑誌の仕事は、他人様のフンドシをお借りして相撲をとるわけですから、出版社の看板や雑誌のネームバリューに守られてリスクの少ない分、自由もありません。だから、いつか自費出版で雑誌をつくるのが夢でした」
と書かれ、無謀にも?雑誌作りに乗り出し、予想以上の出費や手間で、眠れぬ夜を過ごしたり、寝ても朝起きると枕に何者かが髪の毛をまき散らしに来たのでは…と思うくらいの脱毛に悩みながら、ついに! 創刊にこぎつけた。
 既存の雑誌に物足りなさを感じて創刊する言うからにはと、平林さんは高い理想を実現すべく神経をすり減らしたようである…。
 特集は木版画の宇田川新聞さん。創刊にあわせて、わざわざ手刷りのマッチを用意してくださったり、小作品を準備していただいた。
 ちょっと珍しい木版画の世界、ARTMANIAを読み、実際の作品をご覧ください。

●02.12.17 中野カフェ
 知人から面白いカフェのサイトがあり、しかもそれを作っているマトさんは中野住民らしい、と教えられ、早速見て、そこで通販していた豆本を申し込んだら、数日して、小さな手作り折り本がリボンをかけて送られてきた。
 本の中には、サイトでも紹介されている、マトさんが好きなカフェ10店が写真・イラストとともに彼女の受けとめた雰囲気を綴る形で紹介されている。中野エリアでは、今年オープンした、una camera liveraというお店が紹介されていたので、本をそっと鞄にしのばせ、お店を訪ねてみた。マンションの庭から靴を脱いであがると、襖を取り払い部屋をつなげて、全部居間にしたような家庭的な空間。壁には若いアーティストのイラストが掛けられ展覧会も行われていた。お食事も健康に配慮した献立で手頃なお値段。今度はランチを食べに行こうと思った。
 タコシェは北口にあるので、どうしてもこのお店のある南口まで出ることが少ない。南口にはもう一軒、おばあさんやおばさんだけでやっている喫茶店があってそこも好き。
 北口には、老舗「クラシック」がある。以前、岸野雄一とクラシックに話題が及んだことがあった。
私「クラシックって、音楽喫茶だからから、あまりお喋りできないよね」
岸野「うん」
私「あと、照明が暗いから本も読みにくいよね」
岸野「そうね…、ただ、そこにいるだけ、ボーとするためだけの店なんだね」
そうか! 目から鱗であった。メニューに工夫をこらし、喫茶以外にも様々な付加価値をカフェが提供する昨今、ただボーとするだけ、だなんてすごい。ただボーとしたくなったら、クラシックへ。
 それから好きな店はサンモールの途中に看板の出ているカフェ・ドゥ・スゥヴェニール。ここは18才未満は入店できない落ち着いたお店でいろいろなコーヒーとおいしいチョコレートケーキがある。

●02.12.15 雲の日記
 『病床六尺』『墨汁一滴』『仰臥漫録』などの日記や日々の雑記を書きのこした正岡子規には、部屋の窓から見える雲の模様だけを記した『雲の日記』というごくごく短い日記も書いている。
 「あなんじゅぱす」という現代詩にメロディをつけて歌ったりしているデュオグループの平田陽子さんが、以前に朗読されたのを聴いてとても好きになった小さな日記である。(文庫のちくま日本文学全集37「正岡子規」に収録されている)
 その日記は明治31年の今日からはじまる。動けない病床から空を毎日見ている青年の姿は切ないけれど、雲の描写だけにこれだけのエネルギーを注ぐのは過剰で面白い。

明治31年12月15日 朝晴れて障子を開く。赤ぼけたる小菊二もと三もと枯芒(かれすすき)の下に霜を帯びて立てり。空青くして上野の森の上に白く薄き雲少しばかり流れたるいと心地よし。われ此雲を日和雲と名づく。午後雨雲やうやくひろがりて日は雲の裏を照す。散り残るりたる余所の黄葉(もみじ)淋しげに垣ごしにながめらる。猫のそのそと庭を過ぐ。
16日 快晴、雲無し。
17日 雲無く風無し。空霞み庭湿ふ。
18日 雲無し。芭蕉しをれたり。
19日 ありなし雲、檐(のき)の端(つま)に在り。
20日 庭に落葉を焚く。風吹いてあぶなしといふ。障子あけさせて見るに雲無し。
21日 真綿の如き雲あり。虚子来る。
22日 雪雲終に雪を醸してちらちらと夜に入る。虚舟鴨を風呂敷に包みて持て来る。盥に浮かせて室内に置く。
23日 雪は庭に残りて緑なる空に鳶一羽塞げなり。
24日 寒さ骨に透る。朝日薄く南窓を射、忽ちまた陰る。午後日影朗かなり。蕪村忌小会。今日は鴨の機嫌殊に好し。
25日 日和善し。煖かなり。雲無きは此頃の例なり。
26日 ちぎれ雲、枯尾花の下に在り。鴨、縁側の日向にあり。俳句新派の傾向を草す。夜を徹す。
27日 午前二時頃より雨だれの音聞ゆ。朝九時脱稿、十時寝に就く。午後二時覚む。七時頃より再び眠る。からだ労れて心地よし。少量の麻酔剤を服したるが如し。
28日 雨晴れ雲無し。朝、眼ざめて聞けば、鴨逃げて隣の庭に行きたりとてのゝしる。
29日
30日
31日 毎夜、夜を更かして頭痛み雲掩ふ。窓外の天気常に晴朗。

●02.12.14 演劇系フリーペーパー 
 劇場が発行しているフリーペーパーはこれまでにいくつかあったけど、特定の劇場や公演に関係なく、演劇人に取材したりお芝居まわりの情報を集めたフリーペーパー「プチクリ」(petit-Critique)がタコシェにも届けられている。
 読むステージ・パフォーマンスというコピーで、今回は五反田団の前田司郎のインタビューやいったい劇場を借りるにはいくらくらいお金がかかって、それがチケット代にどう響いてくるのか?などという知りたいけど聞きづらい疑問に対する検証などが乗っている。なるほどね〜。まだ創刊3号目、小さなA3判四つ折りのペーパーだけど、今後の活躍が楽しみな劇団や作家について知りたいという方には、おすすめです。

●02.12.13 マオ猫時計店 
 山口マオさんの展覧会「マオ猫時計店」(OPAギャラリー)がはじまった。アンティークの柱時計を手に入れ、それに絵を描いたり彫刻したり、オブジェをはめ込んでお化粧しなおした時計が壁一面を埋め、カチカチと時を刻んでいる。
 マオさんの作品の中には時計がよく出てくるが、DMによると、5才のときに時計屋さんを見て以来時計フェチ?になったらしい…。
 宇野亜喜良さんのエッセイ集『薔薇の記憶』でも、玄関から部屋までのエントランスが長いちょっと変わった作りの住まいにいたとき、その壁があまりに殺風景に思えてアンティークの時計を掛けたことから時計趣味?がはじまり、古時計を見つけては壁に飾るようになってしまった話があった。ゼンマイ仕掛けの時計はカチコチと音を刻み、ジャストになるといっせいに鳴り出す。宇野さんの留守中にこの部屋を借りて泊まった友人は、夜中に鳴るこの時計の鐘に驚き不気味さから逃げ出したという。
 そんなエピソードやマオさんの幼児期の原体験がわかるような気がする壁一面の古時計の景色です。(時計のほかにも、時計とマオ猫が登場する絵や版画もあり)
 それから、タコシェでもマオ猫グッズをお取り扱いしていますが、千倉にあるマオさんのお店・海猫堂ではスタッフの方が手作りしている(それゆえに量産ができない)グッズもいろいろあります。手作りバッグ、マオ猫の焼き印がついた革のキーホルダーなど。東京からだと、ちょっとした遠足気分ですが、オリジナルグッズもあるし、版画もお求めやすい価格で用意されているので、ファンの方はぜひ一度。店内での展示や地元の海の幸もあります。

●02.12.12 絵本 
 絵本の雑誌POOKAが学研から創刊されたり、NHKの人間講座で「絵本のよろこび」がはじまったりで、絵本が注目されている。はっぱのフレディみたいな癒し系のものがヒットしたり、若いイラストレーターさんたちが絵本のフィールドで活動したり、いろいろな要因があると思うけど、いずれにせよ、いろいろな絵本を紹介してもらえる機会が増えて嬉しい。
 POOKAの中で土井章史さんが紹介している、小山内龍。その活動期間は戦前〜戦中なのだけど、戦争の影が感じられないそれはそれはかわいい絵の数々が掲載されている。かわいいって…て、かわいいを説明するのは難しいけれど、描かれた動物たちの頭や体の形そのもの、ほんのちょっと丸みやさらっと描いたような線がことのほかかわいい。かわいい、って若い女の子の語彙みたいだけど、戦争の時代を生きた男の人もまた、今日の女の子の目にも通用するかわいいを描いていたと思うと、かわいいをばかにしちゃいけない、かわいいは表現の原動力、という気持ちになってくる。

●02.12.11 ドリーム仮面 
 表参道OPAギャラリーのアートマッチの展覧会へ。たくさんの作家さんによる様々な手作りマッチが展示されていた。
 その中でも『ドリーム仮面』の作者・中本繁さんのマッチを入れるショーケースはドリーミィであった。
 『ドリーム仮面』は夜空を飛び、少年少女の夢の中に入って、夢の中の願いを叶えてあげるというヒーロー。杉浦茂にも共通するような不思議な形のキャラクターがたくさん登場するのが愉快で、夢の中の悪者退治も残酷さや非情なところがなくて、ほんとにファンシーなのである。あまりにファンシーで、刺激やラブロマンスやエロなどのテイストを求める商業路線と相容れない部分もあってか、中本さんはしばらくメジャー漫画誌で活躍されたあと長らく表だって活動をしないでいらしたが、どっこい、ドリーム仮面の世界はずっと続いていて、数年前に復刻本が出た頃から前後してこうした展覧会に出展されたりグッズも出していらっしゃる。
 で、今回のマッチもマッチ箱の中にビーズや木の実や工作のグッズでいろいろな細工をしたマッチ箱アートでいて、それを入れておくショーケースがミニチュアドールを飾った紙芝居になっているのであった。
 箱の上についているとってを回すと巻物状になった紙芝居がどんどん流れてドリーム仮面のお話が展開する。さらにケースには引き出しがいっぱいついていて、そこにマッチを買った人へのおまけが何種類も用意されているのであった。(しかも、香水のミニボトルなどマッチより高級なおまけがたくさんあった…)
 精巧な仕掛けというよりは、工作みたいな素朴なケースである。以前、中本さんいお目にかかったときも、時間があると、ホームセンターなどで工作の道具やウレタンなどを買って、近所の子供たちを喜ばせるために巨大パチンコゲームを作ったり紙芝居を作ったりするとお話してくださった。
 ドリーム仮面そのものみたいにどこまでもファンシーな中本さん。そんなチャーミングな50才(くらい?)がいらっしゃるだなんて、すごいことに思える。
ドリーム仮面のマッチと一緒に買った本の形をしたマッチ箱。蔵書票や栞もついていて、表紙は中央部分に何枚もの布を重ねて模様を作っている

●02.12.10 リーディング公演 
 宮沢章夫さんの遊園地再生事業団リーディング公演「トーキョー・ボディ」を観る。
 リーディングというのは、役者が台本を見ながらセリフを話すわけで、当然、彼らはセリフに合わせた動きをすることなく、セットも演劇の公演と違って殆どないか皆無である。今回は、来年の本公演に先駆けて、完成稿ではない、書きたての台本を使ってのリーディングで、観客に対しては演劇を作る途中段階を公開して後から本公演を観てその違いを楽しんでもらう意味もあるし、作家や役者側にとっては観客を前にした本公演と同じ緊張感ある舞台でセリフを言うことで作品の感触や手直し箇所を確かめるという意味もある。
 遊園地再生事業団としては久々の公演、宮沢さんの台本は以前とかなり違った、というか、違えている印象。
 宮沢さんの分身のようでもあり/ではない、劇作家が登場して、これまで作品を完成できなかった事情やらこれから書く作品について話したかと思えば、数年前に事故で視力を失った元教師が教え子らとともに行方不明の娘を捜しに東京に出てくる話があったり、社会について語る人物がいたり…、これまでの作品が日常的な場面を丹念に描いてきたのと違って、日常的なやりとりやごくごく個人的な頭の中で思い描かれているような言葉もあれば、今の世界情勢を語るような言葉が出てきたり…、日常も非日常も、個人も世界も、作品の中に現れては別の事柄に接合したり転じてゆき、その構成は実験的といえば実験的で、実際のところイラク問題などが深刻であると同時に今晩何を食べようかというのも問題だったりする世界そのものを描く演劇を作ろうとしているかのように思えた。
 とても意欲的な作品で、来年1月の本公演でどうなるのかが楽しみである。

●02.12.07 図書館 
 最近、図書館の雑誌「ず・ぼん」で、本が売れないのは図書館のせいである、という批判に対する、反論が掲載されていた。ベストセラーが何冊も図書館に買い上げられて読まれてしまっては、本が売れなくなる、などという指摘に対して、果たして本が売れない理由は本当に図書館にあるのか?というところから反論が展開されていて、興味深い指摘や意見が述べられている。
 「浮上せよと活字は言う」でも橋本治は、文学がみんなの共通のパラダイムになる、ということは、文学が流行量産商品でなくなるということだと指摘しています。常に売り上げを伸ばして消耗され続けるものたりえないのにそればかりをのぞむところに出版界の過ちがあるわけで、出版人がやるべきことは、活字の面白さや力をもっと知らしめることだという。
 その意味で図書館は、自分では買えない本や未開拓のジャンルの本にアプローチできる理想の場所というわけで、出版の理念とは矛盾しないわけである。問題があるとしたら、図書館がベストセラー以外の売りをあまりアピールしない点にあるといえよう。
 ところで、最近、鳥好き女子が意外に多いことを知り、私も鳥好きで、野鳥の会に入っていることを言うと、感心されて、嬉しい。彼女らは、鳥好きでも実際にどう、鳥を見ていいのかわからない、と言う。私も、野鳥の会に入る前は、ただ、ひとり朝の公園に出かけてはあてずっぽうに鳥を探すというのを1年くらい続けていた。でも、図書館には、あったりするんですよ。店頭ではふつう売っていない野鳥の会の会員誌「野鳥」が! 地味な雑誌バックナンバーコーナーに埋もれていたりするけど。流行の本ももちろん嬉しいけど、書店が扱わないあるいは扱いづらい本を置いてくれると利用者としては嬉しいし、書店や出版界へのフィードバックもあると思う。
(写真は「野鳥」12月号。クリスマスらしい表紙で、歌人の佐々木幸綱による冬鳥をおりこんだ歌の紹介が、かわいい鳥たちの写真とともに巻頭を飾っている。専門誌というより鳥の楽しみ方を様々な切り口で毎回紹介しているのだ。私の愛読誌のひとつ)

●02.12.06 ベトナムコーヒー 
 9月の末に一日カフェを開いたときに、お茶を淹れていただいた小久保さんから、ベトナムコーヒーのフィルターを送っていただいた。
 当日のカフェでも、コンデンスミルクをたっぷり入れたカップにアルミのフィルターを置いたまま出されて、コーヒーが落ちるのを待って飲むベトナムコーヒーは、濃厚でいてその甘み懐かしい味わいで好評だった。フィルターは以前小久保さんがベトナム旅行をした際にまとめ買いしたのを分けていただいたのである。
 現地では量販されているというフィルターは、ちょっとした力加減でしなってしまうくらい薄く軽いアルミでできていて、おままごとの道具みたいだけど、そこっがかえって本場らしくて、今後は家でいつでもベトナムコーヒーを飲めるのが嬉しい。
(写真のバケツ状の容器の底にコーヒー粉を入れて、右下の中蓋で粉をおさえつけてカップにセットしてお湯を注いで左下の蓋をのせる、という手順)
 ベトナムコーヒーのサイトも教えていただいたので、豆も補充できる。

●02.12.04 フォークを聴く 
 るりさんは若い女の子だけど、70年代フォークが大好きで、当時の曲のカヴァー集CD「るり式」を出したり、70年代世界に通じる曲を自分で作って歌ったりしていて、彼女がはじめて主催するライブ「アナクロ人間」を見に、MANDALA2に行ったのであった。
 今は昭和レトロがブームだったりするけど、実際に幼年期を送った私にとってこの時代の、自分にはいかんともしがたい重さや暗さが子供ながらにやるせなく、冬場の銭湯通い同様にしみるものを感じていた…。
 しかし、ふだんはアイドルみたいに明るいるりさんがフォークを歌うと、時代の重さというより青春の歌というかんじで、耳を傾けることができる。
 それにしても、るりさんが「僕」という一人称の歌を歌っているのを聴いて思ったのは、以前、田之倉稔さんにお話を伺ったとき、いい年をした男が切々と女心を歌いあげる演歌みたいな歌い方は日本特有のもので、欧米人には奇異に映るとのことで、確かにぴんからトリオとか殿様キングスはそうかもしれない。でもこの倒錯感って、最近あまり見かけないような気がする。やはり氷川きよしが「しあわせになってね…私祈ってます」とか歌ってたら演歌界の王子様にはなれない気がするし…。そう思うと、何か最近欠けていたものに気づいたような気がする。もっと、ギラギラとしたムード歌謡や演歌、あのおやじ臭〜い世界だ。ぴんからトリオとかのカヴァーも出ているかなぁ…。







過去の日記
 2002年11月の日記
 2002年10月の日記
 2002年09月の日記
 2002年08月の日記
 2002年07月の日記
 2002年06月の日記
 2002年05月の日記
 2002年04月の日記
 2002年03月の日記
 2002年02月の日記
 2002年01月の日記
 2001年12月の日記
 2001年11月の日記
 2001年10月の日記
 2001年09月の日記
 2001年08月の日記
 2001年07月の日記
 2001年07月の日記
 2001年06月の日記
 2001年05月の日
 2001年04月の日記
 2001年03月の日記
 2001年02月の日記
 2001年01月の日記
 2000年12月の日記
 2000年11月の日記
 2000年9.10月の日記
 2000年8月の日記